幼馴染みの男女の関係・ハッピーエンド

◆◇◆◇◆

「大ちゃん、彼女できたみたいよ」

 母親の言葉と同時に絵里のスマートフォンがピコピコと短く鳴る。

「へぇ。おばさん情報?」
「そう。美紀ちゃんが言っていたから間違いないと思うわよ。まだ紹介はしてもらっていないようだけど」

 母親は化粧をしながら鏡の中からちらりと絵里を見やる。絵里はその視線に気づいているが、無視。ボサボサの頭をブラシで梳かしたあと、寝癖はまだ直っていないのに、歯ブラシに手を伸ばす。

「すみませんねぇ、二十六にもなって私には浮いた話がなくて」
「本当に。せっかくのクリスマスなのに、出かける予定もないの?」
「まぁね。母さんたちはゆっくりしてきてね」

 寝室から父親が靴下はどこにあるのか尋ねる声が聞こえる。「一番下!」と叫んで、母親はパウダーをはたく。広くはない洗面所。鏡は母親に譲って、絵里は隅に寄って歯を磨く。

「ひをふへへ」
「まぁ、楽しんでくるわよ」

 年末恒例、お隣の幼馴染みの大輔の両親と、絵里の親の温泉旅行。今年はクリスマスに旅行だそうだ。うらやましいことだ。しかし、「一緒に行こう」と誘われても絵里が行くことはないだろう。旅行先で観光に連れ回されるのはごめんだ。旅館でゆっくり過ごしたい。そんな娘の出不精な性格を知っているから、母親は彼女を誘わないのだ。
 チャイムが鳴ったが、支度をしている両親が出る気配はない。仕方なく絵里が歯ブラシを咥えたまま玄関のドアを開けると、美紀ちゃんこと大輔の母親が立っている。準備ができたことを絵里の両親に知らせにきてくれたのだ。

「おはようごじゃいまふ。大ひゃん、はのじょでひたんへふね」
「あ、彼女? できたみたいよ。もう二十六なんだから、早く結婚してほしいわ。絵里ちゃんはまだ?」
「まだでふねぇ」
「ずぼらなこの子に彼氏ができる日が来たら、雪が降るわよっ! お待たせ!」

 支度のできた両親が荷物を持って玄関に現れる。ずぼらは事実なので、絵里は否定しない。歯を磨きながら、寝癖が残ったままの髪で、さらにパジャマ姿で玄関に出てくる女はなかなかいないだろう。
 こんなんでも、一応、彼氏はいたことありますけど。紹介できるほど長くは続かなかっただけで。喉まで出かけた言葉は飲み込んでおく。
 大輔の父が所有する大きな車に荷物を積み込んで、両親たちは予定を確認し合う。四人の明るい「行ってきます」を聞いて、車を見送ってから、絵里は静かになった家へと戻る。

「さて」

 歯を磨きながら、絵里は今日の予定を思い出す。シャワーを浴びたあと、化粧をして、ご飯を食べて、それから着替える。何とも簡単な予定だ。

「大ちゃんちの車、ちゃんとスタッドレスに替えてあんのかな? 雪、降るんだっけ?」

 母親の言葉を思い出しながら、スマートフォンの画面にあるメッセージを見る。
 出かける予定――遠くに出かける予定は、ない。母親に嘘はついていない。

『鍵あいてる』

 二人の間の連絡事項なんて、それだけでいいのだ。

◆◇◆◇◆

「メリークリスマス」
「メリークリスマス。どうぞ」

 徒歩十秒の距離の彼氏のうちには、何百回も入ったことがあるのに、今日は緊張する。たぶん、こういう関係になってから「初めて」だからだと絵里は思う。

「絵里」
「うん?」
「かわいい」

 靴を揃えて振り向いたあと、絵里は大輔にすぐ抱きしめられてしまう。
 いや、玄関では、ちょっと、さすがに。絵里は大輔の肩を押しやる。が、大輔の力には敵わない。

「こら、大ちゃんっ」
「んー?」

 背中を撫でられ、髪の匂いを嗅がれ、耳元に唇で触れられ、冷たい指が頬をたどる。大輔の厚い胸板が絵里の胸を押しつぶす。ひとしきり絵里の体を撫で回したあと、ようやく大輔の顔が、彼女に近づく。

「絵里、かわいい」

 触れる唇は、熱く、柔らかく、優しい。額に、瞼に、頬に、唇に、じわりと触れていく。絵里は軽く応じながら、大輔の好きなようにさせておく。

「……今ここで絵里が欲しい」
「それは駄目」

「ええー」と嘆きながらも、大輔は絵里を暖房の入ったリビングへと促す。ダイニングチェアに無造作に荷物を置くと、リビングの隅のクリスマスツリーが目に入る。チカチカとライトが明滅している。赤白赤白、クリスマスらしいライトアップだ。

「わぁ、懐かしい! まだ飾ってるんだ?」
「実は親父が好きなんだよ、こういう飾り付け」
「おじさんカワイイね。あ、このサンタの置物、昔大ちゃんと買いに行ったやつだ」
「小学三年生のときのだな、それは」

 テーブルの中央に置かれたサンタクロース。赤い部分が少しだけ褪せ、白い部分は黄色くなっている。小三のときのものを何で覚えているのか、聞かなくても絵里にはわかる。
 大輔はずっと絵里のことが好きだった、と聞いた。けれども、思春期という魔物が二人をどんどん引き離していった。精神的な距離ができるというのは、よくある話だ。そして、お互いに恋人がいない状態になったのが、ちょうど半年前。男女の仲になったのは、そこからだ。

「絵里、おいで」
「んー?」

 百八十センチのクリスマスツリーの前で大輔が手招きしている。ツリーとそう変わらない彼の身長に、背は結構高かったんだなぁ、と今さら気づく。

「今年の飾りは、どれ? 当ててみな」
「えーっ? わかんないよ」
「わかるよ」

 たくさん飾りがあるんだから、わかるわけないじゃん。絵里はブーイングをしながらもツリーに視線を走らせる。大輔が「わかる」と言うのだからわかるのだろう、と素直に応じるのだ。

「あ、これだ」

 先月、二人で旅行に行った先のご当地キャラの靴下が二個、不似合いにもぶら下がっていた。サービスエリアで売っている靴下。小さいので、サンタクロースはこの中にプレゼントは入れられないだろう。しかし、触ってみると、中に何か入っている。

「正解。出してみな」
「……わ、かわいい」

 一つ目の靴下の中には、ペンダント。葉っぱのような、くねくねしたトップがついている。石は、ペリドット、トパーズ、小さなダイヤ。

「わ、かわいい。葉っぱ?」
「いや、たぶん、天使の羽根」

 葉っぱでも羽根でも、大輔が「絵里にはこれが似合う」と選んでくれたのだから、嬉しい。口元が緩んでしまう。

「つけて、つけて」

 大輔に背を向けて、絵里は巻いた髪を両手でかきあげる。大輔がぎこちなさそうにチェーンをつけてくれるこの時間が、たまらなく愛しい。
 絵里のうなじに大輔の唇が触れる。びくりと絵里の腰が震える。後ろからぎゅうと抱きすくめられると、思わず吐息が漏れる。

「もう一つのも出していい?」
「いいよ」

 靴下を探り、円形の手触りを感じた瞬間に、絵里は大輔を見上げる。彼は笑顔で絵里の額にキスを落とす。

「何が入ってた?」
「リング……指輪?」
「うん。はめさせて」

 絵里から指輪を取り上げて、大輔は彼女の左手を取る。そして、迷いなく薬指に指輪を押し進める。サイズはピッタリだ。
 ラウンドカットのピンクがかったオレンジの宝石のそばに、いくつかの小さなダイヤ。シンプルでかわいらしい指輪だ。
 それにしても、メレダイヤに輝きが負けていないとは、この石は何ものだ? 宝石が好きな絵里にも何の石かわからない。

「かわいいピンク……オレンジ? 赤くないからルビーじゃないよね、これ。え、もしかして、サファイア?」
「さすが宝石好きだなぁ。スリランカのパパラチアサファイアって石らしいよ」
「ひやー!! パパラチア! 高かったでしょ?」
「婚約指輪にしては安かったよ」

 事もなげに囁いて、大輔は絵里を後ろから抱きしめたまま、その耳を食む。

「……結婚しよう、絵里」

 大ちゃん、胸を揉みながらのプロポーズは、どうかと思うよ? 絵里は苦笑しながらも、大輔のすべてを受け入れる。

「……はい」

 ずぼら娘が求婚されるなんて、やっぱり、雪、降るかもしれないなぁと思いながら。

◆◇◆◇◆

「かわいい、絵里」

 触れるだけのキスを何度も繰り返しながら、二人はツリーのそばにあるソファにたどりつく。

「大ちゃんもカッコイイよ」

 座りながら、唇をそっと開いて絵里は大輔の舌を受け入れる。熱くて甘い味。

「リンゴジュース飲んだでしょ、大ちゃん。めちゃくちゃ甘いんだけど」
「嫌だった?」
「ヤじゃない、けど……っふ、だ、ちゃん?」
「ここでしていい? 二階まで待てない」

 大輔の舌がぐっと捩じ込まれ、奥に逃げた絵里の舌を探り当てる。同時に、体重をかけられ、優しくソファに押さえつけられる。絵里は答える代わりに大輔をぎゅうと抱きしめる。
 このソファもずっと昔から変わらない。革がボロボロになっているのも、この家の歴史だ。ゲームをしたり、おやつを食べたり、勉強したり、昼寝をしたり……いつもこのソファが二人のそばにあった。
 大輔の唇が絵里の首筋を這う。ペロリと舐められると、びくりと体が震える。大輔の冷たい指がニットのトップスをめくり、タンクトップの下の肌に触れる。

「ひあっ、冷たいっ!」
「ごめん。でも我慢して。すぐあったかくなるから」

 絵里の体は既に熱い。大輔の肌も熱い。首筋も、お腹も。太腿に押し当てられた、トランクスの下のものも、きっと熱いだろう。絵里は少し太腿を動かして、その硬さを確認する。なるほど、二階まで待てないはずだ。

「えっち」
「大ちゃんに言われたくないな、それ」

 巻きスカートの隙間から手を差し入れて、厚手のタイツの上から内股を優しく大輔が撫でる。

「スカート、俺が好きなやつだ」
「ん、この前、大ちゃんが嬉しそうだったから」
「かわいい」

 大輔から見ると自分は「かわいい」らしいが、絵里はまだ信じられない気持ちで聞いている。中学高校時代には想像できなかったことだ。家は隣同士で幼馴染みで、お互いが初恋同士――これも最近知ったことだが、恋人同士には発展しなかった。その恋がこんなふうに結実するなんて、と考えると感慨深い。

「何、考えてる?」
「大ちゃん、おばさんにバレてるよ、彼女できたって。私だとは思われていないみたいだけど」
「いいよ。別に隠すつもりはないし、旅行から帰ってきたら結婚の挨拶をするから」

 タンクトップをめくり上げて、大輔は絵里の赤いブラに目を落とす。そして、目を細める。下着は赤と白。クリスマス仕様にしてみた彼女のなけなしの乙女心を、彼は気に入ってくれたみたいだ。

「かわいい」
「ありがと」
「俺のために選んでくれたんだろ? それが嬉しいし、かわいい」

 十年前の大輔に聞かせてやりたい台詞だと絵里は思う。無愛想で素っ気なくて、自分にも家族にも憎まれ口ばかり叩いていたのに、こんな甘い台詞を吐きながら自分の肌に舌を這わせているなんて。
 本当に、大輔は丸くなった。人は変わるものだなぁと絵里は感心している。ただ、自分のずぼらさや適当さが矯正できるものかどうかはわからないが。

「っ、あ」

 ブラを押し上げられ、胸の下の柔らかいところを噛まれる。痛い、と絵里は大輔を睨む。

「絵里、他のこと考えないで。俺のことだけ考えて」
「昔の、大ちゃんの、あ、こと、考えて、たのに、っん」

 ホックを外して、大輔は指の腹で胸の先端を優しく転がす。既に硬くなっているそこは、次の刺激を待ち望んでいる。
 太腿の奥に隠れている小さな蕾と、胸の頂に、同時に快感が与えられ、絵里の体が跳ねる。熱く甘い舌が先端を吸いながら転がし、左手がもう片方の先端を摘んで捏ねる。右手がタイツ越しに敏感な部分を強く擦る。

「あぁあっ……やっ、あ、ふっ」

 ソファに押さえつけられて、体は自由に動かせない。刺激から逃れたくても、逃れられない。

「ん、絵里、かわいい」

 上目遣いに絵里を見つめて、大輔は目を細める。笑っているのだろう。この大輔の表情が、絵里は好きだ。たまらなく、好きなのだ。
 十年前には絶対にしなかった表情だ。やっぱり今になって恋人同士になったのは、結果的には良かったことなんだろうと、自身を納得させる。そうしなければ、歴代の元彼女たちに不毛な嫉妬をしてしまいそうだった。

「あ、っ、んあ、あっ」
「脱がすよ?」

 タイツとショーツを一緒に脱がさないでよ、大ちゃん! せっかくのクリスマス仕様なのに!
 絵里は心の中で喚くが、声には出さない。触れてほしくてたまらなかったのだ。
 少しずつ暖かくなってきた大輔の指が、花弁をたどり、芽を潰す。びくっと腰が跳ねると、大輔ははぁと短く息を吐き出して、さらに引っ掻く。指の腹で花芽を捏ねて、舌で胸を吸い、唾液まみれにして、大輔は「かわいい」と絵里に微笑みかける。

「あっ、ふ、あぁ、んっ」

 指がつぷりと膣内へ侵入してきても、花芽への刺激は止まらない。絵里だって、止められたくはない。
 喘ぎながら、大輔のベルトを緩め、ズボンのチャックを下ろして、トランクスの上から彼の硬い熱に触れる。トランクスは既に先走りで濡れてしまっている。ぬるぬるだ。
 自分に興奮してくれているんだな、と思うと、絵里は嬉しくて幸せな気持ちになる。

「濡れ、てる、っ」
「絵里のほうが濡れてるよ」
「やっ、だ、ああっ」

 大輔が一気に指を奥まで滑り込ませる。絵里がきゅうと指を締めつけると、大輔がまた笑う。

「エロい。挿れてほしいの?」
「……うん」
「まだ。もう少し解してからね」

 トランクスをずり下げて、大輔の硬いものを手で包み込む。左の指先で熱の先端、蜜が溢れるところを擦り、右手で剛直を扱く。優しく、丁寧に。さらに硬く大きく張ったつるつるの先端に、絵里はキスをしたくてたまらない。
 ゆっくりと大輔の指が膣内を動く。その緩慢な動きに合わせて、絵里の腰も動く。中指をぐっと奥まで押し込まれると、彼女の大きな嬌声が零れた。

「もっと、聞かせてよ、絵里の声」
「や、だい、ちゃ、あっ、あ」
「俺が聞きたいの」
「キス、してっ」
「キスしたら声聞こえないでしょ」

 耳元で聞こえる大輔の低い声に、絵里はかぁっと赤くなる。自分を誘っている。煽っている。恥ずかしいのに、声が漏れる。そして、それを、意地悪な幼馴染みは望んでいる。

「や、来て、来てよ、だい、ちゃ……痛くても、いいからっ」
「絵里」
「大ちゃん、来てぇっ」

 大輔の指が抜かれ、代わりに熱いものが宛てがわれる。花弁の間をゆるゆると動き、その先端がやがてゆっくりと挿入ってくる。

「ああっ!」
「締めるな、絵里」

 ぐっと奥まで挿れられると、容易に最奥に届く。圧迫感と密着感が心地好い。繋がっている。熱い。なんて、幸福な時間なのだろう。

「大ちゃ、んんっ」
「絵里、今日から中に出すから。いいよな?」

 いいよと言う代わりに、絵里はぎゅうと大輔の背中に手を回して抱きしめる。大輔はほっとした表情で、動き始める。

「あっ、あ、あっ、ん」
「絵里、あんまり締めんな。俺、三日抜いてないんだから、すぐ出るよ」
「え、なん、で?」

 浅く、深く。深く。深く。
 あ、駄目、そこ、気持ちいー、もっとして……。

「――絵里の中を俺のでいっぱいにするため」

 低い声に、きゅう、と膣内が締まる。その言葉に体が悦んでいる。

「大ちゃ、欲し、い」
「絵里っ」

 大輔の余裕のない声に、彼の限界を知る。絵里はその掠れたような声が好きだ。イキそうなときの大輔の声が、たまらなく愛しい。
 荒く短く呼吸をしながら、体を揺すられながら、好きな人が気持ち良さそうにしている顔を見上げる。
 大輔はぎゅっと目を閉じ、しっかり絵里の腰を押さえつけて、一番奥に精を吐き出した。
 じわりと広がる熱。伝い落ちる大輔の汗。ふるりと震えて、大輔は緩やかに腰の動きを止める。大輔の指先が絵里の髪を払う。

「締めちゃ、駄目って、言ったのに」

 恨みがましく自分を見つめてくる大輔に、絵里は苦笑する。仕方ないなぁと膣内を締めると、大輔の腰がびくりと跳ねる。敏感になっているところを締め上げるのが好きなのだ。

「だから、駄目だって……もう」
「気持ちよかった?」
「当たり前じゃん。四日目で生で中出しだよ? 気持ちいいに決まってる」

 繋がったまま、大輔を見上げる。そして、左手薬指の指輪を見る。自然と笑みが零れてしまう。

「好きだよ、絵里」
「大好きだよ、大ちゃん。あ、大好きと大輔は似てるねぇ」
「……そう、だな」

 甘い話をしていたのにぶち壊しやがって、という非難の視線が頭上から降ってきたので、絵里は慌てて話題を変えた。

「大ちゃん、今日の予定は?」
「絵里と家でいちゃいちゃクリスマス。ご飯もケーキも準備してあるから、心ゆくまでいちゃいちゃしよう」

 はい、賛成です。
 出不精の絵里は、その予定をいたく気に入った。

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