ネトラレ(2016)

◆◇◆◇◆

「結婚しよう、由美」

 隆也さんからプロポーズされ、「はい」と答えてから、一ヶ月半。あの幸せだったクリスマスのことは、今でもすぐに思い出せる。
 今週末はようやく二人の休みが合ったので、式場の見学に行こうと予定していた。土曜の昼一軒、日曜の朝と昼一軒ずつ。派手ではないアットホームな式がいいなと思って、私が選んだこぢんまりとした式場だ。
 隆也さんとは付き合って半年になるけれど、こんなにトントン拍子で結婚の話が進むなんて思わなかった。だって、前は――。

「っ、とと」

 チョコプリンの上にホイップクリームを乗せすぎてしまいそうになって、慌てる。ヴァレンタインデーにあげるチョコは、隆也さんが大好きなプリン。
 明日の夜に渡そうと思って、仕事から帰って作り始めた。明日の朝作っても良かったのだけど、今夜失敗してしまったら……と思って予備日としておいたのだ。

 チョコの甘い匂いがキッチンに充満している。幸せな匂いだ。
 それにしても、ホイップクリームを作りすぎてしまった。これを使って他に何かお菓子が作れるかなと思って、スマートフォンでレシピを探そうとしたときだ。

 ガチャ、と鍵が開く音がした。
 あれ、隆也さん泊まりに来たのかな、なんて考えた次の瞬間。

「……りょう、た?」
「久しぶり、由美。お腹減った。何か食べるものない? あっまいなー、この部屋」

 あくびをしながら部屋に入ってきたのは、一年以上も前に別れたはずの元恋人。相変わらずくたくたのジャケットを着て、相変わらずの風貌で。いや、前よりちょっと痩せている気がするけれど。
 なんでどうしてと硬直している私を亮太は後ろから抱きすくめる。

「あ、プリン? 美味しそう。でも、プリンじゃなくて、がっつり食べられるものがいいな、俺」
「な、なんで」
「仕事が落ち着いたから、その合間にかわいい彼女の顔見に来たの。駄目だった?」

 触れられたところが冷たい。服越しにもわかるくらい、亮太の体は冷えている。けれど、囁かれる言葉は熱く、甘い。
 そうだ。亮太はこういう人だった。
 何ヶ月も連絡を寄越さず、大切なことははぐらかす。私と向き合って将来を考えてくれなかった、酷い人。でも、いつもうまく私の心の隙間に入り込んでくるから、絆されて何年も付き合い続けてしまった。
 小さな劇団の団員で、小劇場でお芝居をする日々。殺陣の指導をする仕事で生計を立てていたけれど、雀の涙ほどの収入しかなくて。私が生活の面倒を見ていたのが懐かしい。
 去年、別れ話をしたときに、合鍵は返してもらったと思っていたのに。

「駄目。私、亮太に別れ話したよね? あれから、他の人と付き合い始めて……夏に結婚するの」
「へえ」
「だ」

 だから、駄目。
 震える言葉は、亮太の唇によって奪われる。噛み付くような強引なキスに、体が震える。
 あ、亮太だ……亮太のキスだ。
 熱い舌が僅かな歯の隙間を見つけて侵入し、怯えと期待に震える私の舌に絡んでくる。応じれば、一層深く求められる。
 駄目だってわかってる。わかっているけど、五年間の付き合いの中で、私の弱いところも感じるところもすべて知られてしまっている。困ったことに、体もそれを覚えている。

「ん、っう、だ、っあ」

 ひやりと冷たい指が服の隙間から差し込まれ、私の体温を奪う。ココアの粉で汚れたエプロンはそのままに、亮太は慣れた手つきでブラウスのボタンを外していく。

「誰が、誰と結婚するって?」

 舌を抜かれると、飲み切れなかった唾液が口の端から零れた。一瞬、視線が絡んだあと、亮太はそれを舐め取って、さらに舌を押し込んでくる。
 亮太は背中に手を回してきて、器用にブラのホックを外す。窮屈さのなくなった二つの乳房を両手で鷲掴みにして、中指と人差し指の間で頂きを摘み、捏ねる。
 くぐもった嬌声は、亮太の舌でかき消される。
 手のひらは乳房の下の柔らかいところに緩く触れ、指は強く、弱く、硬くなってしまった先端をいじめる。

「ん、っん、んんっ」
「キッチンでなんて、したことないでしょ?」

 隆也さんのことを言われているのだと、とろけそうになっている頭でようやく思い至る。
 隆也さんは、ベッドでしか私を抱かない。それが普通だ。優しく、壊れ物を扱うように、私を甘やかしてくれる。それが普通だ。私が嫌だと言ったら手を止めてくれる。それが。普通。
 亮太は、私をベッドで抱いたことなんて、ほとんどない。玄関、キッチン、リビング、脱衣所、お風呂。勃ったらすぐ挿入(いれ)れたい、が口癖で。ベランダで挿入られたときは、恥ずかしくてドキドキして、本当に死ぬかと思ったくらいだ。
 鎖骨を這っていた舌が、不意に指の中で転がされていた胸の先端を舐める。

「ひあっ」
「由美、俺以外の体で満足できる?」

 なんで、そんなこと言うの。
 忘れようとしていたのに、なんで、そんな酷いこと言うの。
 酷い――。
 力が抜けた私をマットの上に横たえて、両腕を左手でマットに押し付けて、亮太は嬉しそうに舌なめずりをして目を細めた。

「相変わらず、感度いいな、由美」
「あっ、ふ、駄目っ、駄目ぇっ」

 太ももの上に乗られると、もう下半身が動かせない。スカートと靴下だったことが災いし、亮太の指がすぐにショーツにたどり着いてしまう。
 冷たい指でゆるゆると湿り具合を確かめたあと、亮太は笑う。

「キスだけでこんなに濡れてる。気持ちいいんだろ?」

 首を横に振る。気持ちいいに決まってる。でも、それを認めてしまっては、駄目だ。
 ショーツの上から、肉芽を擦られると、腰が浮く。揺れる。

「かわいそうに。優しくされるだけじゃ、由美は感じられないのにな」

 酷いことを言わないで。お願いだから。
 溢れる涙を舐めて、亮太は笑う。

「思い出させてあげるよ。由美が好きなセックスを」
「やぁっ!」

 肉芽を爪で引っかいたり、強く押されたりするたびに、背中がしなる。
 亮太の左手がいつの間にか胸の頂きに伸ばされ、親指と人差し指がくりくりと先端に刺激を与える。反対側の胸の先端が亮太の口の中に含まれ、さらに歯で噛まれる。

「いっ……!」
「由美は乱暴にされるくらいがちょうどいいもんな」
「あっ、や、ん、やぁっ」

 痛い。いやだ。やめて。涙が零れる。
 優しくして。酷いこと言わないで。本当はこんなの、イヤなのに。イヤなのに。

「っあ!」

 先端を緩く舌で転がされて、その優しさに下腹部の疼きが止まらない。亮太の指で擦られ、濡れてしまったショーツが邪魔で仕方ない。張り付いて気持ち悪い。

「いやっ!」

 ショーツがずらされ、その隙間からだいぶ暖かくなった亮太の指が膣口を割ってくぷりと挿入ってくる。亮太は口角を上げて笑い、私はその笑みに恐怖する。

「吸い付いてくる」
「っあ、やめ、やめてっ」
「そんなに俺の指が欲しかった?」
「だめ、ほんと、お願い……ああっ!」

 愛液で濡れた指が、起き上がった肉芽を押しつぶす。あられもない声をあげてよがる私に、亮太は満面の笑みでキスを落としてくる。

「それとも、もっと太いのが欲しい?」

 太ももに硬いものを押し付けられて、私は恐怖で腰を引く。
 やめて。やめて。それだけは。

「や、やだ……だめ……!」
「なに、操立て? そんなに好き?」

 うんうんと頷く私に「そう」と小さく呟いて、亮太は悲しげな表情を浮かべる。「そっか」と少し腰を浮かして、私を解放してくれるのかと思ったのに。カチャリと軽い音がして。

「俺には関係ない」

 ベルトを緩めてボトムスを引き下げた亮太が、覆いかぶさってきた。

◆◇◆◇◆

 屹立した肉棒が膣口を舐(ねぶ)る。指はさらに肉芽を嬲る。快楽がもたらされるたび、愛液が泉のように溢れてくる。
「嫌だ」も「ダメ」も聞き届けてもらえない。涙が溢れてくる。

「美味しい、由美」

 余ったホイップクリームが胸に落とされて、亮太がそれを舐める。クリームの冷たさと、亮太の舌の熱さが、私の思考をドロドロに溶かしていく。

「本当は肉とかが食べたいんだけど」
「あぁ、いや、っ、あ」
「ん、美味しい」

 エプロンとショーツは剥ぎ取られ、ブラウスはボタンがぜんぶ外され、ブラとスカートはまだ引っかかったまま。ブラもブラウスもクリームでベタベタだ。

「そろそろ挿入て欲しくなった?」

 クリームを頬につけたまま、ニヤリと亮太は笑って私を見上げてくる。

「だ、めぇ」
「嘘ばっかり。濡れすぎだよ、もう。挿入て欲しくて仕方ないでしょ、由美」

 唇を噛む。
 許して。やめて。
 もう、思考回路が焼き切れてしまいそう。
 だらしなく開いた口からは甘い嬌声しか出てこない。止めることができない。
 ダメだ、やめて、と言いながら、早く挿入て欲しいと心のどこかで思っている。

「ほら、由美」

 クリームを指につけ、私の口に無理やり押し込んで、亮太は笑う。

「おねだりしてごらん」

 口に広がる甘い味。ぐずぐずになってしまった頭ではもう本能に従うしかない。亮太の甘い中指を舐めて、クリームを吸う。裏切りの味だ。
 亮太は満足そうに目を細めて、ぬるぬると肉棒を膣口に宛てがう。

「由美、もう我慢しなくていいよ」
「ん、ふ、あぁ……」
「気持ち良くさせてあげる。さあ」

 あぁ、ダメ……とろける。
 隆也さん、隆也さん……ごめん、なさい。
 亮太を見上げて、手を伸ばす。亮太の頬は上気して熱い。そのまま、亮太の首の後ろまで手を伸ばして――引き寄せる。

「……て」
「うん?」
「……いれ、て?」

 ごめんなさい。
 亮太の太くて硬い肉棒が一気に突き立てられる。体が歓喜に震える。奥まで届くその熱い質量に、私はもう嬌声を我慢することができない。ダメなのに、気持ちいい。

「あぁあっ!」
「っあ、相変わらず気持ちいいな、由美の中」

 ごめんなさい。
 肉襞を堪能するように亮太が膣口の近くを擦り、ゆっくりと奥まで挿入ってくる。亀頭が子宮口を強く擦り上げると、根元までしっかり咥え込んでいる私の膣内が、快感を逃さないようにと収縮する。

「由美」
「や、やぁ、だ、っ」

 ごめんなさい。
 唇を噛んで声を我慢しても、どうしても漏れてしまう。亮太は目を細めて私の痴態を見下ろす。

「ふ、あ、っ、つ、や」
「イキたい? イカせてもらってないんでしょ? 由美の中は俺のでしかイケないから」

 ごめんなさい。
 膣口の少し奥の襞を亀頭が擦る。それだけなのに、一気に高められてしまう。亮太は私の一番気持ちいい場所を知っている。

「由美、我慢しなくていいから」
「や、だ、あ、あぁ、っん」

 ごめんなさい。
 ゆるゆると膣壁を擦られ、たまに奥に穿たれ、徐々に体の奥に熱が生まれる。苦しい。早く解放して欲しい。

「っ、あ、ふ、あ、あぁ」
「由美、いいよ。連れていってあげる」

 ごめんなさい。
 もっと欲しい。もっと奥まできて欲しい。もっと強く、乱暴に、揺すって、欲しい。
 ごめんなさい。
 ごめんなさい。

「おいで」

 ごめ――。

「――ッ、あああぁ!」

 肉芽を強く弾かれると、だめ。白い光が爆ぜる。亮太の太くて硬い肉棒をぎゅうと締め上げて――快感に身を委ねる。
 だめ、気持ちいい……。

「あ、っ、あ……」

 何度も何度も収縮を繰り返しながら、快楽の波は緩やかに収まる。
 その間、亮太は動かない。痙攣が収まるまで、恍惚の笑みを浮かべながら、私の痴態をじっと見つめている。

「気持ち良かったね? じゃあ、俺もイクよ」

 引き抜かれるかと思うくらいまで腰を引いて、一気に奥まで熱を埋め込まれる。イッたばかりで敏感な膣壁が甘い痺れを誘う。

「あ、だめ、りょ、た」
「うん?」
「ピル、飲んで、な……っ、あ!」

 亮太と別れてからピルを飲むのをやめた。隆也さんはきちんと避妊してくれたから、必要がなかったのだ。

「ピル飲むのやめたの?」
「うん、うん、だか、やめ……」
「それは好都合」

 亮太は嬉しそうに笑って、ぐりぐりと子宮口を抉る。

「っあ、や、やぁっ」
「由美、前の生理から何日目?」

 ドロドロにとろけ切った頭で考える。二週間? 三週間? ゾッとする。
 ダメだ、ダメだ、それは、ダメ!

「や、やだ、ダメ、ダメっ」
「危ないんだね? でも、やめないから。中に出すから」

 ゆるして。お願い、それだけは。
 溢れる涙は、亮太の指ですくい取られる。腰を捻って逃げようとしても、力では敵わない。肩を押して突っ張っていた私の腕はマットに押さえつけられて、さらに身動きが取れなくなる。

「逃げないと、孕むよ? 濃いのをたくさん由美の奥に出してあげる」
「いや、やめ、あっあ」

 逃げようにも逃げられない。体が動かない。それどころか、亮太の言葉を聞いて、一層体が熱くなる。燻っていたはずなのに、また火が点いたかのように。

「由美、締めないで。すぐイッちゃう」
「や、や、あ、んっ」
「そんなに欲しいの? 仕方ないね」

 私を絶望の淵に追いやって、亮太は腰の動きを速める。とろけ切った膣壁を擦り、奥に、奥に、何度も穿たれる。

「っあ、イク……由美、受けとめて」
「あっ、ああぁ」

 亮太の肉棒が張りつめ、最奥で精を放つ。熱が吐き出される感覚を、私の中はしっかりと覚えている。
 目を閉じて快感に震えている亮太が、何度も腰を揺する。そのたびに私の体は震える。その長い時間と回数に、吐き出された精液の量を想像してゾッとする。

「由美の中は気持ちいい」

 落ちてくる甘い声と甘いキス。酷い。少し痩せたけど、性格はちっとも変わっていない。酷い。

「気持ちいいから、まだイケそう」

 ぐずぐずになった結合部分で、亮太の肉棒は未だ熱を帯び、硬さを保っている。その意味に気づいて、恐怖する。

「由美、上がいい? 後ろからがいい? 座るのもいいけど、中の精液が出ちゃうから、今はやめておこうね」
「や、やだ、抜いて、抜いてっ」
「何、言ってるの。繋がったまま、今から二回目だよ」

 ぶんぶんと頭を振る。
 そんなことをされたら壊れてしまう。体も心も。
 いやだ。やめて。だって、私は、隆也さんのことが。

「由美」

 耳元で聞こえた低音に、背中がしなる。助けて。助けて。
 耳から頬、そして唇にキスを落として、亮太は甘い言葉を植え付けていく。

「いい子だね。由美の体はちゃんと俺のことを覚えていたね」
「……」
「もっと深くイキたいでしょ? もっと気持ち良くなりたいでしょ?」

 乳輪を、円を描くように舌で舐めて、クリームを取っていく。舐め取りながら、肌の上、ところどころに赤い痕と歯型を残していく。
 酷い。明日隆也さんになんて言えばいいの。

「指輪、買っていないの?」
「……結婚、指輪だけ」
「そう。入籍はいつ? 式と同じ日?」

 頷くと、亮太はニッと笑った。
 ゆるゆるとした緩慢な動きでさえ、気持ちいい。決定的な刺激を与えないで、ゆっくり繋がるつもりのようだ。

「ねぇ、由美」
「……」
「由美、愛してる」

 なんで、今さら、そんなことを。

「結婚しようか」
「っ!?」

 驚いて目を見開くと、いつの間にどこから取り出したのか、銀色の輪っかを亮太が差し出してきた。

「サイズ変わってないみたいだから、合うと思うよ。つけてあげる」

 力の入らない私の左手を持ち上げて、亮太は薬指にリングをはめた。リングはぴったり、左手薬指に収まる。

「結婚指輪ね、それ」
「なん、で」
「婚約指輪も欲しかった? 由美はワガママだなぁ。じゃああとで作ってあげるよ」
「ち、ちが」

 別れたはずの元カレから求婚されている今の状況がわからない。とろけた体が思考の邪魔をする。

「じゃあ、動かすよ」
「っひ!」

 いきなり膣内から熱が抜き去られる。ドロリと精液と愛液が混じった体液が溢れてくる。片足を上げられてくるりと体を引っ繰り返されると、マットが目の前に見えた。
 ぐっと腰を持ち上げられ、もっと気持ち良くなりたいとひくつく孔に、再度楔が穿たれる。

「あぁっ!」
「……っ、相変わらず後ろからだとキツいな」

 性急な体位変換は、精液が出ないように押し留めるためのものだろう。
 私の腰を強くつかんで、亮太は「あぁ」と甘いため息を吐く。

「気持ちいい……すぐ出そう」

 亮太にとって私は元カノだという認識ではないようだ。まだ付き合っている彼女だと思われている。
 困った。
 明日は土曜日だから、産婦人科は開いているはず。午前中にアフターピルを処方してもらうとして……この人をどうしよう。

「あっ、あ、ん、ん、っ」

 目の前に指輪が見える。シンプルなラインの指輪。小さいけれど、ダイヤモンドとペリドットが嵌っている。
 ペリドット、八月の誕生石。誕生日を覚えていてくれたのかと思って、それに驚く。

「由美、由美」

 背後から求められると、ぞくぞくする。後ろから、は私も亮太も好きな体位。私は「犯されている」みたいで、亮太は「犯している」みたいで、一気に高まるのだ。

 隆也さんとは、正常位がほとんど。淡白なのか、性欲が乏しいのか、彼はあまり私を求めてこない。半年でセックスをしたのは四回。片手で足りる。一緒にいられるだけでいい、というのが彼の口癖だ。
 気持ちよくさせてあげたいと思ってフェラをしようとしたら、強く拒否されたこともある。曰く、「そんなことさせられない」のだと。
 亮太との乱暴なセックスに慣れてしまっていた私には、隆也さんのそこだけが、不満だった。それ以外は不満なんてないのに。すごくいい人なのに。
 私が、きっと、普通じゃないのだ。

「りょ、た……あっ、ん」
「ん? どうしたの?」

 膣口でずぶずぶと動く亀頭に、私は嬌声を押し殺して「おねだり」する。

「っねがい、りょう、たぁ……奥に」
「うん?」
「奥まで、来てっ」

 入口の近くでちょっと焦らされていただけで、我慢できなくなる。奥まで欲しい。奥に欲しい。

「いいよ。あげる」
「っは、あああ……」

 ぐちょぐちょと体液が混ざり合い、思考を溶かす。ただの雄と雌になって、本能のままに抱き合い、一つになってしまいたい。
 奥に到達した亀頭が、違う角度で子宮口を抉る。ぐっ、ぐっ、と腰を押し付けて、亮太は笑う。

「あぁ、気持ちいい……由美、一緒にイク?」

 うんうんと頷くと、亮太がのしかかってきた。背中の少し下のあたりに亮太の胸。指が内股を撫で、肉芽を潰す。もう片方の指が乳首を掠める。びくびくと体が跳ねても、亮太の重みで押し戻される。

「俺と結婚する?」

 イヤイヤと頭を振ると、「じゃあ、イカせてあげない」と手も腰も止められてしまう。酷い。こんな体にしておいて、酷い。
 火照った体を持て余してしまって、さっきとは違う理由で涙が溢れる。

「強情だね、由美は。体はこんなに素直なのに」

 手と腰を止められても、肉襞はひくひく収縮している。だからこそ、亮太には中の様子がつぶさにわかるらしく、「締めないで」と笑われる。

「里中さんと結婚するの?」
「……っえ?」

 なんで、隆也さんの名前――?

「あ、そろそろ出すよ」

 止められていた指がまた動く。肉芽をくにくにと捏ねられると、膣奥が疼く。その奥に亮太の先端が当たり、快楽が誘発される。震えるほど気持ちいい。
 あ、だめ、イッちゃう――!

「あぁぁっ!」
「っく……」

 亮太の腰の動きが一瞬の間のあと、穏やかになる。一緒にイッてしまったみたいだ。
 ため息を吐き出しながらぴったりと背中に張り付いてきて、亮太は笑う。

「はぁー、やっぱり由美の中が一番だ」

 ……誰と比べて?

「一年ずっと右手ばっかりだったから……はぁ、ほんと好き」

 好きなら、どうして。
 言いかけた言葉は飲み込む。言う必要はない。亮太とはもう――。

「亮太」
「うん?」
「もう、うちには来ないで。鍵返して。私は結婚するの」
「里中さんと?」

 そう。里中隆也さんと私の誕生日に結婚するの。もう決めたことなの。
 ずるりと熱が抜けると、びくりと体が震える。ぼとりと体液が落ちてくる。マットではなく、いつの間にか敷かれていたエプロンがそれを受け止める。白濁液がエプロンを汚す。
 それを見て、亮太は「あーあ」と呟いてティッシュを探す。

「……新しいエプロン、買ってくるよ」
「だから――」
「由美は俺と結婚するよ。里中さんと結婚しても、由美は幸せになれない」

 なんで、里中さんを知っているの?
 なんで、そんなこと言うの?
 なんで、なんで。
 うまく頭が回らない。

「だったら、どうして、私の前からいなくなったりしたの?」

 涙が溢れて止まらない。一度飲み込もうとした言葉が、出てきてしまった。
 一年も前に突然、家から出ていって、連絡も取れなくなった恋人を、どれだけ心配して、どれだけ嘆いたことか、亮太にはわからない。
 なんで、今、現れるの?
 なんで、そんなに、いつも通りなの?
 亮太の顔が悲しみに歪む。

「私、もう、亮太を信じられない」
「……そう、だよね」
「指輪は返すから、鍵を返して」
「それはできない」

 ボロボロと涙が溢れて零れる。陰部から流れ出る体液がエプロンを汚す。何なの、もう。

「クリームでベトベト。美味しかったけど。お風呂、入る?」

 自分の家のような気軽さで亮太が尋ねてくるものだから、私はため息をつくしかない。

「ほんと、何なの!?」

◆◇◆◇◆

「俺、日曜からテレビに出るんだ」
「は!?」

 意味がわからなくて、思わず後ろを振り向く。ザバザバと水面が揺れる。
 一体、何の話?

「今月始まるライダーシリーズの」
「主役?」
「だといいんだけど、敵のイケメン枠」

 いつも小さな舞台にしか立っていなかった人が、テレビの仕事に出るなんて。そんな甘い世界ではなかったはずだ。

「俺がいなくなったのは、事務所に所属して、オーディションを受けまくって、コネを作っていたからなんだ。本当に、必死で、連絡もできなかった。ごめん」
「……今さら、謝られても、困る」
「そうだね。ごめん」

 亮太は私のうなじに時折キスをしながら、別れていた期間の話をする。

 何回も何回も映画やドラマ、CMのオーディションを受けて、監督さんや助監督さん、プロデューサーさんに顔を売った。とにかく、名前と顔を知ってもらおうと、必死で自分を売り込んだ。
 そして、再現ドラマや夜中のドラマにエキストラや脇役で出演して、少しずつ「使ってもらえる」ようになったらしい。

 全く知らなかった。私はあまりテレビを見ないから、本当に知らなかった。

「ライダーも、本当は主役のオーディションを受けたんだけど、敵になっちゃった」
「……へえ」

 小劇場でお芝居をするために、ノルマのチケットが捌けなくて、泣き言を言っていた亮太ではない。一年で、だいぶ成長したのだろうか。

「ありがたいことに、次の仕事も決まってる。苦労はさせてしまうと思うけど、里中さんよりはずっと幸せにしてあげられるよ」

 そうだ。そういえば、なんで、亮太が隆也さんのことを?

「なんで、隆也さんのこと……?」
「里中さんの仕事を知ってる?」
「詳しくは知らないけど、制作会社だって」
「制作会社って、芸能界とすごく密接な関係にあるんだ。だから、そこで知り合った人の一人だよ。で、長年付き合っている恋人がいるのに、結婚するんだって聞いた」
「……え?」

 頭の中が真っ白になる。私が「長年付き合っている恋人」でないことだけはわかる。だって、私たちはまだ付き合って半年だ。

「あの人の恋人は男だよ」

 真っ白になった頭を、鈍器で殴られたかのような衝撃が走った。どういうことだ、と疑問に思うのに、あぁやっぱり、という諦めに似た感情もある。
 そんな気はしていた。他に相手がいるとは思わなかったけれど、隆也さんは私とはあまり触れ合いたがらなかったから。

「だから、由美は、幸せにはなれない。だって、由美、子ども欲しいでしょ? 里中さんはいらないって言ってたよ」
「……初耳」
「だから、もし今回のセックスで妊娠したら、産んで欲しい。俺は子ども欲しいから」

 亮太が言っていることがすべて真実だとは限らない。嘘をついて隆也さんとの仲を裂こうとしている可能性だってある。
 でも、でも。

「今信じられなくてもいいよ。里中さんに別れ話をしても、きっとすんなり承諾してくれるはずだよ。あの人は本当は結婚なんてしたくないんだから」
「……本当に?」
「酔っ払って、だいぶ本音を漏らしていたからね」

 そっか……そうだったんだ。
 仮面夫婦を演じるための役者の一人にされるところだったんだ、私。
 不思議と、怒りは湧いてこない。それはきっと、亮太のせいだ。隆也さんも不貞行為をしているなら、今の私も同じだ。同じところにいるのだから。

「由美」

 やわやわと胸を揉む指。ちくりと痛む肩。キスマークに歯型に、どれだけ私に所有の痕を残すつもり? 見えている部分だけで、かなりあるんだけど。

「愛してる。失った信用は絶対に取り戻すから、里中さんとの結婚だけは白紙にして。お願いだから、俺以外の人のものにならないで」

 耳元で懇願されて、ぞくぞくする。

「一年前、由美の幸せを願って由美から離れたのに、やっぱり由美がいないと俺はダメなんだ。由美が許してくれるなら、もう一度チャンスが欲しい」
「随分都合がいいのね」
「それもわかってる。でも、拒否されても、拒絶されても、何度でも何度でも、許してもらえるまで来るから。どうしても由美が欲しいから」

 はぁと短いため息を吐き出して。私は振り向いて亮太を見つめる。
 イケメン枠で選ばれるくらいには、顔が整っていると判断されたらしい。良かったじゃないの。舞台で何度も主役を務めたことがある経歴が役に立ったじゃない。

「お願い、由美」
「じゃあ、私からも一つだけ、お願い」
「何? 何? 何でもするから!」

 ぱぁっと笑みを浮かべて、亮太は私を見つめる。

「別れ話がすむまでは、セックスはナシ」
「……わかった。じゃあ、お風呂から出たらすぐ電話して。すぐ別れて。すぐ俺のものになって」

 さぁ、早く、と急かされるようにして浴室を出る。キッチンはまだ甘い匂いで満ちている。

 なんて都合のいい話。
 一年前に私の前から消えた元カレが現れて、婚約者の不貞行為を密告する。そして、元カレはまだ私のことが好きで、既成事実まで作って、私を手に入れたがる。
 こんなチープな設定、お芝居でも見たことがない。
 チープなのに、涙が出てくる。馬鹿みたい。本当に馬鹿みたい。

 きっと隆也さんは、私が別れ話を切り出しても、怒りも泣きもしない。淡々と承諾しそうな気がする。執着心のかけらさえ、私には見せてくれない人だった。
 心も体も不満なままで、私は本当に幸せになれる?
 燻っていた疑念と、ずっと隠してきた情欲に、亮太が火をつけた。その火は、心地よい熱で私を焦がす。

「ねぇ、由美」

 バスタオルで体を拭きながら、亮太は、ショーツを穿いただけの私をうっとりとした視線で犯す。

「さっきのクリーム、美味しかった。またしよう」

 ぞくりと背中が粟立つ。こういうプレイ、亮太は確かに好きそうだ。

「次は俺のに塗るから、由美が舐めて。そのあと、由美のに塗って、俺が舐める」

 由美のここだよ、とショーツを撫でられると、またドロドロの亮太の欲望が中から濡れ出てくる。ショーツ、何枚替えないといけないの。まったく。

「あぁ、早く舐めたい。早く挿入りたい。早く別れ話して。ねぇ、早く」

 ぎゅうと後ろから抱きついてきて、催促をしながら亮太は私の耳介を甘噛みする。
 彼の肉棒はヘソに届くくらい硬く屹立している。それをショーツになすり付けながら、私の耳を犯す。

「ヴァレンタインは、クリームまみれの由美が欲しい」

 とんだ変態に捕まってしまったと嘆きながら、クリームまみれの亮太のものを口に含む画を想像して、唾を飲み込む。あぁ、確かに美味しそうだ。

「わかったから。あと少し、待って」

 あぁ、もう、本当に。
 隆也さんに、なんて切り出せばいいの?
 電話で別れ話なんて、そんな不誠実なことでいいの?

「早く、由美。早く抱きたい」

 亮太の無邪気な声に、失恋の痛みさえ、押し流される。

 本命がコロコロ変わるヴァレンタインなんて、本当にもう、コリゴリだわ。

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